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31年後の『高層街』尾行 ―半村良を旅する(5)

半村作品を読んでいると、登場人物の中に小説家の現れることがよくあり、その場合、人物のモデルはどう考えても作者・半村良その人である。『高層街』に登場する小説家・頼永肇もその一例だ。1980年11月の新宿副都心で、開業二ヶ月後の「ホテル・センチュリー・ハイアット」にカンヅメになっている設定だが、作者本人が同じホテルに長期滞在している。それならば、作中の頼永の行動パターンは、作者本人の行動パターンの筈だ。そう思って、現在は「ハイアットリージェンシー東京」と名を変えたそのホテルに出掛けてみた。ただし、悲しいことに、宿泊はしていない。一泊1万円超は、いささか考えものなのである。

物語の冒頭で、カンヅメをサボって頼永がマティーニを飲んでいるホテルのバー「オードヴィー」は、現在も営業している。しかし作中に登場するホテル内の他の飲食店は、屋号が変わったか、店が入れ替わったかしたようだ。もし「宿泊して取材」なら、ホテル内の飲食店の変遷を堂々とベルキャプテンにでも尋ねようと云うものだが、いきなりの「通りすがり取材」だったので遠慮した。その代わりと云えるかはともかく、頼永の午前中の行動を追い掛けてみた。午前11時から頼永が「日課」としている行動だ。先ずホテルのロビーから更に一階下まで降りて、地下に相当する広場から外へ出て行く。獣道のような動線である。

ホテルを出たら、その東隣の住友ビルの地下街へ入り、紀伊國屋書店で本を買う。その本を持って、センタービルの地下街の蕎麦屋に向かい、蕎麦を食べ終わったらホテルへ戻る。その通りに歩いてみると、現在も営業している店舗は無い。センタービルの地下には、蕎麦屋ではなく、うどん屋があった。「1980年11月」を舞台にして描かれた『高層街』の場所を、2011年11月に歩いているわけだから、当然と云えば当然の変化である。そもそも、この西新宿の高層ビル群の様相が、31年前とは大きく変わってしまっている。作中で、頼永とその弟がハイアットのエレベーターに乗り、外の風景を眺めながら次のような会話をする。

「京王プラザ、住友三角ビル、KDD、三井ビル、センター・ビル、安田火災海上ビル、野村ビル、そしてここか。もう八本建ったな」

「あそこで工事をはじめたのが新宿NSビルだ。その向こうにホテルがもう一本建つらしい。いずれ都庁も移って来るという噂だよ」

ハイアットの位置から、NSビルの向こう側に建ったホテルと云えばワシントンホテルだが、1990年に移って来てしまった高さ243mの都庁舎が、現在は完全に視線を遮っている。しかし、ここで気付くのである。そもそも、ハイアットのエレベーターから、31年前とは云え、工事中のNSビルは見えたのだろうか。L字形をしたハイアットは、ホテルの北東方向を眺める位置にエレベーターを設置してはいなかったか。不審に思って、宿泊もしていないのに、ロビーから頼永の宿泊していた25階の客室までエレベーターに乗ってみた。見えるのは、やはり北東方向の高層ビル街だけである。都庁舎の存在とは関係無く、南側のNSビルは全く背後で見えない。またしても、「嘘屋・半村良」に騙された可能性が高い。

そう云えば、『魔人伝説』の作中で、超能力に覚醒した少年が、父親と愛人の密会現場として察知したホテルも、その描写から考えて、ハイアットだ。少年は、新宿中央公園側の横断陸橋の上に立ってホテルを見上げ、その密会場所となっている客室まで特定するが、その部屋は24階だった。『高層街』の頼永は、作中で25階の客室から24階へ移っている。さて、「嘘屋・半村良」が長期滞在していた客室は何処だろうか。やはり怪しいのは、24階か25階だと思うわけだが、そう推理することがまた、嘘屋の思うツボの罠かも知れない。『魔人伝説』の超能力少年と同じく、悔しいような複雑な気分で、横断陸橋からハイアットを見上げるしかない。本音を云えば、泊まってみたいだけなのだ。

(YUKI 半文居Webサイト担当)

戦国自衛隊/G.I.SAMURAI

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